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2011年6月8日 オペラ「ル・シッド」

開演前の劇場ザールラント州立劇場は、世界初演、ヨーロッパ初演といったこれまで上演されていない作品などを積極的に上演してきたが、同劇場2011/11年シーズンの最後のオペラも同じだった。フランス人作曲家テオドール・グヴィ(1819-1898)の「ル・シッド」(1865年作曲)で、世界初演である。グヴィは当時フランス・ロレーヌ地方のゴフォンテーヌ出身であるが、このゴフォンテーヌは現在のドイツ・ザールブリュッケンのシャフブリュッケ辺りを指す。グヴィの祖先はベルギー出身でこのゴフォンテーヌの地に製鉄所を設立した。ただテオドールがグヴィ家の四男として生まれたとき、ゴフォンテーヌを含むザールブリュッケンはフランス領ではなくなっていた。それまではフランス領だったが1815年ナポレオン戦争を終結させたパリ条約(第二次パリ条約)によってこの地はプロイセン王国領となった。それ故、彼は32歳になるまでフランス国籍を持てなかった。

グヴィはパリで法学を学んでいたが、フランス国籍を持っていなかったので卒業試験を受けられなかった。しかしその時に音楽家になる道を志し、パリ音楽院の教授に個人授業で勉強することが出来た。言ってみれば彼はフランスとドイツのそれぞれの政治や文化だけでなく両国間の様々な影響を受けた人物であるが、それが今日のドイツとフランスの関係やその間にあるザールブリュッケンの街の歴史や将来を考えるのに役立つだろう。それ故、彼の作品が上演されることになったのかも知れない。また同時期まで州立劇場の演劇でフランス人劇作家ピエール・コルネイユ(1606-1684)の「オラース Horace」(1640年制作)も上演されていたので、フランス週間的なものが意識されていたのかもしれない。

このオペラ「ル・シッド」(ドイツ語上演・フランス語字幕)はラジオで全ヨーロッパにライブ放送されていることも決まっていたので、今シーズンの代表的な作品の一つだった。それゆえ指揮者も同劇場音楽総監督トシユキ・カミオカ(上岡敏之氏)となっていたが、こちらは諸事情により比較的早い時期から指揮者の変更が発表されていた。代わりの指揮者はアメリカ人指揮者アルトゥール・ファーゲン。彼は2002年から2008年までドルトムントの音楽総監督を務めており、その他ヨーロッパの幾つものオーケストラ、劇場で客演している。またCDも何枚か出しており、ドイツだけでなくヨーロッパを中心に活動している。

「ル・シッド」(「チド」の発音も多い)は作曲されたとき、ドレスデンで初演される予定であったが主役を歌うテノール歌手が直前に亡くなり、公演そのものが中止となり、以来上演される機会がなかった。それらの資料はホンブルクにあるグヴィ研究所に保管されてあり、ザールラント州立劇場で取り上げられることとなった。

パンフレットとチケットオペラ「ル・シッド」は上述の「オラース」を書いたフランス人劇作家コルネイユの代表的な悲劇作品「ル・シッド」を元にした作品で、舞台は11世紀のスペイン。レコンキスタの英雄でエル・シドと呼ばれたロドリーゴの話しである。

初日である6月3日(金)に劇場を訪れると、思った以上に観客がいる。今回のような珍しい演目は毎回完売になることはなく、上演回数が10回を超えるような演目は客席の半分も埋まらない日がある。また世界初演やヨーロッパ初演などの作品の場合、歌手が病気になれば代わりの歌手を呼ぶことが出来ず、中止になることがある。そういったことを考えると、珍しい演目の場合は公演数を最小限にした方が良いと思われる。この「ル・シッド」は公演数が6回だけで程良い回数かもしれない。

ドイツ人にもあまり知られていないような作曲家の作品で、当然誰も実際の音楽は聴いたことがないので、どれほどの観客が入るか疑問だったが、初日公演は完売に近い状態だった。結果的に見てみれば、グヴィの音楽は正当なロマン派を感じさせるもので、時代が良ければ、もしかするとこの作品だけで後世に名を残す音楽家になっていたかも知れない。ただオペラの演出的には話しの展開が観客に伝わりにくく、一度観ただけでは理解するのに難しい点があると感じられるものだった。

しかしグヴィの「ル・シッド」の音楽は美しく、聴いていて飽きない音楽だった。それ故か、熱狂的なファンが少なくないようで、全体の観客数は少ない日でも盛り上がる公演だった。商業的な面では成功かどうかは分からないが、音楽的な面やグヴィの音楽の再発見、そしてドイツとフランスの関係にまで意識が行くといった点では成功した演目だっただろう。オペラや音楽作品が単純にそれだけで存在しているのではなくて、そこには「時代」や「背景」があると感じた演目だった。


Der Cid
Romantische Oper von Théodore Gouvy

Musikalische Leitung: Arthur Fagen
Inszenierung: Jetske Mijnssen
Bühnenbild: Ben Baur
Kostüme: Katrin Wittig
Choreinstudierung: Jaume Miranda

Rodrigo: Hans-Georg Priese
Diego: Hiroshi Matsui
Ximene: Christa Ratzenböck
Elvira: Elizabeth Wiles
Gormas: Thomas Jesatko / Olafur Sigurdarson
König: Guido Baehr
Alonzo: Algirdas Drevinskas
Erster Maurenkönig: Tereza Andrasi / Judith Braun
Zweiter Maurenkönig: Sang Man Lee / Chang-Kyu Lim
Dritter Maurenkönig: Jiří Sulženko
Opernchor des Saarländischen Staatstheaters


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