Homeザールブリュッケンでの日記 > オペラ「チェネレントラ」

2011年4月17日 オペラ「チェネレントラ」

開演前の劇場ザールラント州立劇場の2010/2011年シーズン演目にジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)の「チェネレントラ」 (1817年、ローマ初演)があるが、それほど期待はしていなかった。というのは指揮者が同劇場第二常任指揮者のトーマス・ポイシェルで、演出は同劇場の演出助手セバスチャン・ヴェルカーとなっているのを目にしたからである。人の言葉を借りれば、この「チェネレントラ」は彼らのステップアップのための作品だろうということ。確かにこの演目はストーリーも知られており、大人から子供まで楽しめるもので、大きく失敗する演目ではない。観る方もどちらかといえば肩の力を抜いて観られるオペラである。

大きな期待はしていなかったが、楽しいオペラなので観てみたい作品ではあった。プレミエは4月16日(土)。数日前からチケットは完売になっている。直前になって年間予約した人のチケットが何枚か戻ってきたようで、一時的に「残りチケットあり」という状況になったが、当日も完売で、それでも当日券売り場にはチケットを求めて並んでいる人がいるほどだった。どの演目でもプレミエ公演は大抵完売になるが、それはやはりオペラを楽しみにしている人が多いからだろう。今回の公演が完売になるのは、プレミエという理由だけではなく、スポンサーが関連しているかも知れない。

毎シーズン、同劇場の演目の幾つかはスポンサーが付く。今回の「チェネレントラ」は州立銀行がサポートしている。プレミエ公演は着飾った人が多く独特の雰囲気があるが、この日はその銀行関係の人も多いのか更に正装率が高く感じられた。もしかすると州政府の大臣やそれに近い人物も来ていたかも知れない。

客席を見ると同劇場総支配人シュリンクマンやオペラ監督シュナイダーの姿も見える。そしてパルケット(一階席)の客席の1列目、指揮者の真後ろには音楽総監督カミオカ(上岡敏之氏)の姿がある。他にはミュージカルの作曲家ニムスゲルンの姿も客席にあった。来シーズン、同劇場の演目で彼が作曲をして、今回の演出であるヴェルカーが演出を手がける作品が予定されているので、そういったこともあって観に来ていたのかも知れない。

オペラ「チェネレントラ」はシンデレラを元にした物語であるが、おとぎ話的なものではなく、大人向きの喜劇として作られている。王子や男爵と言った称号を持つ人が出てくる作品であるが、どのような舞台になっているかそれが楽しみだった。

前奏曲の間は舞台がまだ何も見えない状態だが、前奏曲が終わって開くと、そこに物語の内容に相応しい舞台セットが出てきた。これを見て少し安心した。最近は抽象的になったり、読み替えがなされてあったりで、オペラが本来持つ世界を壊している作品があるが、この「チェネレントラ」は最初の段階では、大人だけでなく子供が見ても誰が誰か分かりやすく、例え物語を知らずに舞台を見たとしても、ストーリーが分かる舞台だった。その上、それぞれの動きが面白い。

舞台セットも展開するが、思わず、なるほど!と感じる仕掛けになっていたり、見ていて飽きない舞台だった。男声合唱の人たちも、演技と言うより普段そのままといった印象があり、舞台を大いに盛り上げている。演出助手が演出する作品と言うことで、観る前はどこか冷めた風に感じていたが、彼一人でここまで出来るなら、この劇場だけでなく、更に大きな劇場でも良いものが作れるかも知れない。そして衣装担当にも恵まれたと言える。舞台の世界を作るのに衣装の貢献度は高く、衣装を見ているだけでも物語が分かる舞台を作っている。

演奏の方は指揮者の真後ろにカミオカが座っていることで緊張感があったに違いない。カミオカが指揮をしていないのにオーケストラの奏でる音はカミオカの音がしている。演奏は人が演奏している以上、生きているものだと思うので毎回同じ演奏にはならないが、今後の演奏も楽しみである。歌手陣も歌だけでなく芝居の方でも頑張っている。その点でも、このオペラは作られた、人が演技している世界と言うよりは、まるで実際の世界を見ているような面白味があった。

パンフレットとチケット多くの観客もそれを感じているようで、カーテンコールは非常に盛り上がるものだった。カミオカが指揮をした「オテロ」や「トゥーランドット」の初日公演も普段以上の盛り上がりがあった。しかしこれらは、極端な言い方をすれば、どちらかと言えば演奏に対しブラヴォーが出ており、演出がもし別のものであったとしても同じように盛り上がった拍手やブラヴォーが出ていただろう。しかし今回の「チェネレントラ」は明らかに演出に対して拍手が大きかった。そしてその世界を上手く演じた歌手や合唱にも拍手が多い。

もちろん指揮者やオーケストラに対してもブラヴォーが飛んでいるが、この公演の主役は間違いなく演出だろう。ドタバタした喜劇を上手く作り上げ、それでいてオペラの持つ豪華な雰囲気も作り出している。オペラを見たことがない人に対しても親切な作品に仕上がっている。何より下品ではないので、大人も子供楽しめる。そして歌手一人一人が出てくるカーテンコールでも、ただ舞台に出てくるだけでなく、オペラの世界をそのまま持ち込んだようなものになっている。それに対しても観客から大きな拍手が起こる。観客の拍手は最初の方から手拍子のような劇場が一体となった大きな拍手になっているが、その拍手の音量もかなり大きく、ここ数年で最も盛り上がった公演だったかも知れない。公演後、劇場出口へ向かう観客の多くも口々に面白い、楽しかったと言っているのが聞こえてくる。同時に皆の表情も明るい。

この「チェネレントラ」は「セビリアの理髪師」と並んで、ロッシーニの作品の中では、今日、最も録音、上演される作品の一つだろう。オペラの最後に爽快感に似た気持ちを観客に抱かせる喜劇なので、それほどまでに人気があるのかも知れない。今回私は予め指揮者と演出者を見ていたので先入観を持って観劇したが、それを意識しなければ、より純粋に楽しめた作品だっただろう。

そういえば最後の場面では出演者のほとんどが服を脱ぐ演出になっている。服を脱ぐと言っても裸になるわけではなく、ジャケットやズボンを脱ぐといった感じだが、オペラを観る人によっては、何故ここで服を脱ぐ?といった感じに映るかも知れない。もしかするとそれは人は地位や外見ではなく、中身が重要であると言うことを言いたかったのかも知れない。もし演出家が何かしらそういったメッセージをそこに込めていたとしたら、彼は物語通りに単純に舞台を作っているというわけではないと言うことだろう。彼はこれまでドイツだけでなくヨーロッパの様々な劇場やイベントで演出家ヴィリー・デッカーやクリストフ・ロイの助手を務めたと言うこと。今後の彼が演出する作品が非常に楽しみである。


La Cenerentola (Aschenputtel)
Oper von Gioacchino Rossini

Musikalische Leitung: Thomas Peuschel
Inszenierung: Sebastian Welker
Bühnenbild: Friedrich Eggert
Kostüme: Christian Held
Choreinstudierung: Jaume Miranda

Don Ramiro: Caner Akin / Jevgenij Taruntsov
Dandini: Stefan Röttig
Don Magnifico: Jiří Sulženko
Clorinde: Sofia Fomina / Elisabeth Wiles
Tisbe: Judith Braun / Barbara Buffy
Angelina: Tereza Andrasi / Judith Braun
Alidoro: Hiroshi Matsui
Opernchor des Saarländischen Staatstheaters


▲ページの最初に戻る