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2010年3月9日 州立オーケストラ、コンサート「英雄の生涯」

ポストカード2月後半に気温が10度以上になる暖かい日が暫く続き、目の前に春が近づいているのが感じられたが、3月になって急に気温が低くなり、3月としては珍しく雪も積もった(郊外で約8センチ、市内でも2センチ)。ザールラント州立オーケストラのシンフォニーコンサートがある3月7日(日)にも雪はほんの僅かだが溶けずに残っており、その日の気温は最高気温がマイナス1度、最低気温がマイナス7度と春らしくないものだった。

会場はいつものコングレスハレ(会議場ホール)。日曜日の午前11時の開演少し前にホールに着いたが、1階は左右の端の方に空席がある。演目は前半がアルバン・ベルク(1885-1935)の「ヴァイオリン協奏曲 - ある天使の思い出に」(1936年バルセロナ初演)で、休憩を挟んで後半がリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の「英雄の生涯」(1899年フランクフルト初演)。州立オーケストラの演奏で指揮はザールラント州立劇場音楽総監督のトシユキ・カミオカ(上岡敏之氏)。

午前11時少し前にステージ横の入り口からオーケストラの人たちが舞台に姿を見せたが、それほど拍手が出てこない。まだ話し込んでいる人もいる。この日の観客にはコンサートが始まる前の期待感や緊張感が少ないのかも知れない。やはり客席の端の方が空いていると人が少ないといった印象になるのだろうか。オーケストラの人たちが席に着くと、その一人が立ち上がって客席に向かって挨拶をした。その日は、あるチェロ奏者の最後の日だったよう。引退ということで、代表して一人が贈り物を手渡していた。観客も拍手をしている。この時点でようやく観客の中にもコンサートに対して気持ちが切り替わった雰囲気があった。

暫くするとヴァイオリニストのエリック・シューマン(1982-)が舞台袖から出てきた。プロフィールによると彼はドイツ・ルーマニア人の父親と日本人の母親の間にドイツ・ケルンで生まれたとある。これまで様々な国際コンクールで数度優勝し、世界的に有名なオーケストラと競演してきただけでなく、ヨーロッパ芸術財団から「ヨーロッパ芸術賞」を授与されているという。今後、世界的な活躍が期待される一人という記事も別の所で目にした。

カーテンコールところで自分の座席は特に指定もせず購入したので、正面の前から3列目、ほぼ中央だった。しかも自分の目の前の2列はそこだけ空席になっていたので、自分が最前列といった印象があり、その目の前にはヴァイオリニストが立っている。彼の演奏でコンサートが始まったが、その場所からまるで私のためだけに弾いてもらっているような感覚を覚えた。場所だけでなく音もそうだった。楽器の原音が目の前にあるといった感じだ。

今回のコンサートでは音を聞いていると言うより彼を見ていると言った方が良いかも知れない。印象的なのは彼と指揮者カミオカとのコンタクトだ。彼は指揮棒の動きを目で追ったり、また目と目で合図を送ったり、両者がお互いの音をよく聴いているというのが伝わってくる。ソロ奏者とオーケストラが一つになったコンサートは観ていて気持ちが良い。アンコールではバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番、第三楽章を演奏した。

休憩を挟んでの後半はリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。この作品には「大管弦楽のための交響詩」という副題が付いているようにオーケストラの編成が大きい。コンサート前半の「ヴァイオリン協奏曲」よりもオーケストラの編成が大きくなっている。迫力ある演奏が聴かれたが、カミオカの指揮はそれほど大きくない。コンサートが2日間ある時、1日目は大人しく丁寧に、2日目は遊びが入るように大胆に演奏すると言った印象があるが、この1日目はその通り非常にまとまった丁寧な演奏だったと言える。

カーテンコール一番印象に残っているのは最後の最後、音が静かに鳴りやみ消えたあとまで、指揮者カミオカは両手で指揮棒を握りしめ、そのまま手を下ろさずにいる。最後の消えた音の余韻に浸っているといった感じだろうか。観客の方も静かである。何も音がしていない状況にもかかわらず無音が大きいと思わせるような沈黙があった。指揮者がゆっくりと両手をおろした後に、一呼吸あって大きな拍手とブラヴォーが飛んだ。

指揮者は一度舞台袖に引っ込んでから舞台に戻ってきた。その時に拍手が一段と大きくなる。指揮者はオーケストラを紹介しているが、中でもヴァイオリンソロを弾いたコンサート・マスターのヴォルフガング・メルテスWolfgang Mertesには大きな拍手とブラヴォーが飛んでいた。集中力が切れることなく、その世界を作っていた。そういえばカーテンコール時に指揮者カミオカに花束が手渡されたとき、彼はそれをコンサートマスターに渡していたが、それはこの「英雄の生涯」では彼が主役だったことを示すものだろう。

今回の演目、前半の「ヴァイオリン協奏曲」は18歳の若さで亡くなったアルマ・マーラーの娘マノンに捧げるために作曲された作品で「ある天使の思い出に」という献辞が付いている。後半の「英雄の生涯」は英雄の戦いや勝利、愛、業績などをテーマにした音楽的な物語で、両作品何れも生涯や愛が意識された作品である。

ホールを出ると外の光が非常に眩しい。冷たい空気の中に陽の光の温もりが感じられる。春の喜びといった感じだろうか。今回の音楽に秘められた物語を感じたあとにその光を見ると、「生」の気持ちがより強く感じられる。そんなことを考えながらホールをあとにした。


5. Sinfoniekonzert

Alban Berg: Violinkonzert "Dem Andenken eines Engels"
Richard Strauss: "Ein Heldenleben" op. 40

Solist: Erik Schumann, Violine
Leitung: Toshiyuki Kamioka

パンフレットとチケット

公演後のコングレスハレ

パンフレットとチケット

公演後のコングレスハレ


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