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2010年2月17日 オペラ「ドクター・アトミック」

ポスター2010年2月13日(土)、ザールラント州立劇場でジョン・アダムズ作曲の「ドクター・アトミック(原爆博士)」がドイツ初演された(英語上演、ドイツ語字幕)。アメリカ人作曲家ジョン・アダムズ(1947-)といえばオペラ「中国のニクソン」(1987年初演)や「クリングホファーの死」(1991年初演)などで知られ、彼の作品がグラミー賞現代音楽部門最優秀作品に輝くなど、現代舞台音楽の代表的な作曲家と位置づけされている。

そのジョン・アダムズ作曲の最新のオペラが「ドクター・アトミック」でこれは2005年にサンフランシスコで初演された。脚本はオペラや演劇の演出家として知られ、これまで彼と共同で制作してきたピーター・セラーズ(1957-)。

以前も書いたが、ザールラント州立劇場ではダクマー・シュリンクマンが劇場総支配人になってから、世界初演やドイツ初演の作品が多く上演されるようになった。先シーズンはアメリカで世界初演されたタン・ドゥン作曲の「Der erste Kaiser(The First Emperor)」のドイツ初演がザールラント州立劇場だった。この「ドクター・アトミック」もアメリカで初演され、ザールラント州立劇場がドイツ初演となっていることから、新聞などでは「『Der erste Kaiser』に続いて『ドクター・アトミック』が初演される」と書かれており、まるで連続した作品のように取り扱われている印象があった。

2月13日(土)は最高気温がマイナス3度、最低気温がマイナス5度と一日中寒い日であった。劇場を訪れると、チケット売り場では何人かチケットを買う人の姿がある。完売にはなっていないようだが、劇場を見渡す限りほぼ完売に近いと感じる状態だった。客席には劇場総支配人シュリンクマンや音楽総監督トシユキ・カミオカの姿もある。

この日の指揮はザールラント州立劇場第一指揮者のアンドレアス・ヴォルフ。彼は今シーズンからこの劇場で第一指揮者を務めており、これまで「サロメ」「フィガロの結婚」を指揮している。演出はイムモ・カラマン。ザールラント州立劇場では2007年にドイツ初演された、デシェホフ「氷と鋼鉄」でも演出している。彼は振付、舞台、衣装とそれぞれの人たちとチームのように一緒に作業をしており、「氷と鋼鉄」と同様「ドクター・アトミック」でもそのチームが演出する。

開演前の劇場「氷と鋼鉄」では彼らが演出したものは、ドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」において年間最優秀演出にノミネートされた。因みにこのとき「氷と鋼鉄」は同誌の「演目の再発見」というカテゴリーと年間最優秀合唱にノミネートされていた。現代音楽である「氷と鋼鉄」と同じ演出チームということで、同じく現代音楽の「ドクター・アトミック」に対する期待は自分の中では大きなものがあった。

開演時間の19時半を少し過ぎて指揮者が姿を見せたが、それほど大きな拍手が出なかった。観客の方もあまり知られていない音楽、現代音楽に不安があるのかも知れない。音楽の方は所謂、現代音楽で慣れない人にとっては退屈に感じられるものだろう。しかし演奏の方は何度も拍子が変わるなど、非常に難しそうな音楽である。この作品のストーリーは、物理学者ロバート・オッペンハイマー博士の原爆実験に対する苦悩といったもので舞台はニューメキシコの核施設実験場となっている。

舞台セットの方は真っ暗な中、有刺鉄線のようなフェンスが周りにあるだけで非常にシンプルな作りとなっている。しかし小道具としてテーブルが幾つも使われる。合計で17、18脚あっただろうか。全てが全ていつも舞台上に出ているわけではないが、そのテーブルを壁にして部屋を作ったり、またステージのような高台を作ったりと、シンプルだが見ていて飽きないものがある。この上演では歌手陣のレベルも高く、それが舞台によい緊張感を生み出していた。

パンフレットとチケットそして合唱。後日の新聞に「パーフェクトな合唱」と書かれていたように、拍子がよく変わる難しい曲の迫力を合唱が作っているようにも見える。新聞の批評も良いものが並んでいた。地元のザールブリュッケン新聞やザールラント放送だけでなく、ドイツを代表する日刊紙「Die Welt」や現存する日刊新聞で最も伝統あるウィーン新聞(1703年創設)などでも「トップクラスの作品」といった表現で、歌手陣だけでなく演出、オーケストラ、合唱を褒めていた。

観客の方も最初は静かだったが、その音楽の迫力を前に熱気があったに違いない。難しいと感じる曲にもかかわらず、何度も鳥肌が立つ演奏だった。第一幕が終わり休憩になる前にも幾つかブラヴォーが飛んだ。そして公演後のカーテンコールでは更に大きなブラヴォーがいくつも飛んでいた。歌手陣だけでなく、合唱やオーケストラにも幾つもブラヴォーが出て、観客が如何に満足していたかが伝わってくる。演出家チームが舞台上に姿を見せたとき、一つだけ大きなブーイングが出たが、他はブラヴォー一色といった感じだ。一番多くブラヴォーをもらっていたのは間違いなく指揮者ヴォルフとオーケストラだろう。この難しい曲を最後まで緊張感を切らさずに演奏した。

「ドクター・アトミック」、初日の公演を観る限り公演的には大成功と言えるものだった。不安な点を挙げるとすれば2日目以降の観客の入りかも知れない。この劇場に限らない話であるが珍しい演目では2日目以降、観客数が減ることが少なくない。今回、様々なところに取り上げられた批評が多くの人の目に留まるならば、自ずと観客数も増えるだろう。今後の公演が楽しみである。

追記

ドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」誌に大きな写真入りで批評が載っていたが、演出の部分に関してのことが多かった。それだけ見る人にインパクトを与えているのだろう。私自身は3月末までに3度観たが、プレミエ公演が最も観客が多く、予想したとおり後日は観客が少し減った。中には前半終了時に帰っていく人もいる。変拍子が多い現代曲だけに聴くのも難しいものがあるのかも知れない。しかしそれでもカーテンコールは長い。ブラヴォーも幾つも出ている。演奏や演出の完成度に関しては、新聞等でトップクラスと書かれているようにレベルが高く観客もそれを感じているのだろう。何度も聴いていると、この音楽が特異なものではなく、音楽の中にある格好良さなどに気付く。機会を作ってもう一度は観てみたい。


Doctor Atomic
Oper in zwei Akten, Text von Peter Sellars nach Originalquellen, Musik von John Adams

Musikalische Leitung: Andreas Wolf
Inszenierung: Immo Karaman
Choreografie: Fabian Posca
Bühnenbild: Johann Jörg
Kostüme: Nicola Reichert

Kitty: Carmen Fuggiss
Pasqualita: Lien Haegeman
Nolan: Algirdas Drevinskas
Wilson: Jevgenij Taruntsov
Oppenheimer: Lee Poulis
Hubbard: Guido Baehr
Teller: Jouni Kokora / Jiri Sulzenko
Groves: Olafur Sigurdarson

Opernchor des Saarländischen Staatstheaters


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