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2010年01月20日 音大オーケストラのコンサート「ブルックナー3番」

プログラム2010年1月16日(土)、19時からザール音楽大学のコンサートホールで音大オーケストラ(1947年設立)のコンサートがあった。指揮は同音大指揮科教授トシユキ・カミオカ(上岡敏之氏)で演目はアントン・ブルックナー(1824-1896)の交響曲第三番ニ短調(1889年版、第三稿)とリヒャルト・ヴァーグナー(1813-1883)の舞台神聖祝祭劇「パルジファル」(1882年、バイロイト初演)の前奏曲。後者が最初に演奏され、一部オーケストラ入れ替わりのための短い時間を挟んで後半に前者、つまりブルックナーの3番が演奏された。

この日は最高気温がマイナス1度で風があったので寒い一日だった。人が歩かない場所にはまだ雪が残っている。19時、時間ぎりぎりにホールを訪れると既に満員で後方に置いてあった椅子に腰掛けた。音大オーケストラのコンサートなので観客には学生の姿もあるが、学生には見えない一般の人や年配の方の姿があった。音大オーケストラのコンサートを聴きに来たのか、それとも指揮カミオカの音楽を聴きに来たのか。指揮者カミオカは2009/10年シーズンより、ザールラント州立劇場の音楽総監督を務め、最近はその名前をよく耳にするようになった。観客の中には音楽総監督カミオカに興味を持って訪れた人もいるだろう。

19時を10分ほど過ぎて、指揮者が姿を見せた。いつものような両肩の力を抜くようなそぶりは見せず、両手を前に構えて、そのまま精神統一をしたような姿から演奏が静かに始まった。最初はパルジファルの前奏曲。ヴァーグナー自身が、「劇的」でなく「根源的」に演奏されなければならないと指示したもので、非常に静かなゆったりとした作品となっている。このコンサートでもまさしくそういった演奏だった。指揮も音量やテンポを抑えるよう指示してるように見える。

カーテンコール音は所謂音大のオーケストラといったもののように思われた。というのは僅か10数分の作品だが、最後まで緊張感が保てないような、何処か危なそうな印象を覚えた。しかし今回のコンサートの後半、ブルックナーの3番を聴くと、この「パルジファル」の前奏曲はまるで前座のように思われた。それはブルックナー3番だけでは時間が少し短いので、「パルジファル」の前奏曲を最初に追加したといった感じだ。

このブルックナーの3番の演奏は「パルジファル」の前奏曲のそれとは大きく違っていて音も安定し、綺麗な音が出ていた。何も知らずにこの演奏を聴いただけだと、何処かプロのオーケストラが演奏していると感じさせるものが所々に聴かれた。ところでこのブルックナーの3番は所謂、「ヴァーグナー交響曲」と呼ばれる。これは初稿執筆時の1873年、ブルックナーがヴァーグナーに会って、彼に献呈したいと申し出た作品である。

初稿は1875年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演が試みられたが、演奏不可能と判断された。それを書き直し1877年の第二稿はブルックナー自身がウィーン・フィルを指揮し、演奏されたが観客には理解されず、失敗だった。そのときは曲が終わっていないにもかかわらず、観客のほとんどがホールを去っただけでなく、オーケストラの一部の団員も舞台を降りたという。更にそれを改訂し1889年に完成したのが第三稿で、ハンス・リヒター指揮のウィーン・フィルによって初演され、成功を収め、現在はその第三稿が一般的にブルックナーの3番と呼ばれている。今回のプログラムは、つまりヴァーグナーを意識したものになっている。

カーテンコール音大のオーケストラからは内に秘めた美しい音や緊張感、迫力ある演奏が聴かれた。カミオカは時々彼自身がメロディーを歌いながら指揮をしており、オーケストラにもっともっと音を出すように指示しているように見えた。そこには彼自身の気迫が感じられる。ところで指揮者カミオカがザールラント州立劇場の音楽総監督就任の際にオーケストラ・アカデミーが設立され、音大の学生と劇場の関係が作られた。劇場での作品に音大生を関与させ、相互の人的交流を図ろうというものである。現在州立劇場オーケストラの方にオーケストラ・アカデミーの枠があり最大10人がそこで演奏していると言うこと。音大生にとっては良い経験や刺激になるだろう。

先に、音を聞いただけでは、まるでプロのオーケストラと書いた。しかし逆に学生らしいものも感じられた。作品にもよるので一概には言えないが、そこには演奏の楽しさや音楽に対する気持ちがあまり感じられず、演奏することだけに一生懸命になっている感覚があった。そこが音大オーケストラとプロのオーケストラの違いなのかも知れない。演奏後、カーテンコールで指揮者が笑顔であるのに対し、オーケストラの方は笑顔の人もいれば表情の固い人もいる。またそこには安堵もあるのだろう。

もしかすると以前聴いた音大オーケストラのコンサートで感じたレベルの高さや指揮者カミオカの創り出す音楽の世界、そういったものから自分自身、今回のコンサートにも大きな期待を持っていたのかも知れないし、同時により高いレベルのでの演奏を無意識に楽しみにしていたのかも知れない。

言い換えれば私自身が上手さ以上に音楽の深さを求めていたとも言える。しかし今回のこの演奏を聴きながら、ヴァーグナーとブルックナーの関係や、彼らが出会ったバイロイトの街並みが思い起こされた。ヴァーグナーがここに祝祭劇場を建て、ブルックナーはこの街の教会でオルガニストを務めていた。一緒にビールを飲んだこともあるという。そんなことを思い出しながら聴いた音大オーケストラのコンサートだった。


Das Orchester der Hochschule für Musik Saar

ORCHESTERKONZERT
Leitung: Prof. Toshiyuki Kamioka

Richard Wagner / Vorspiel "Parsifal" WWV 111
Anton Bruckner / 3. Sinfonie d-moll


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