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2009年9月27日 オペラ「フィガロの結婚」

シーズン予定2009/2010年シーズンのザールラント州立劇場のオペラはモーツァルト(1756-1791)の「フィガロの結婚」(1786年ウィーンにて初演)でプレミエを迎えた。9月26日(土)が新シーズンの始まりである。音楽総監督がトシユキ・カミオカ(上岡敏之氏)になって期待の大きなシーズンでもある。またちょうどその時期、定期購読しているドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」の2008/09シーズンの年度報告のようなものが家に届けられた。それを読んでいると、年間ベストオペラハウスにザールラント州立劇場がノミネートされている。そういったものを目にするとなおさら期待感が大きくなるようであった。

プレミエ当日、劇場を訪れるといつも以上に正装している人が多い。新シーズンのプレミエということで、それだけ期待している人も多いのだろう。この日は完売だった。そういえば今シーズンからチケットの記載が少し変わったようだ。今まで州立劇場での演目はそのまま「州立劇場」と書かれてあったが、今年から「大劇場」という風に書かれている。因みにザールラント州立劇場管轄下の劇場は3つあり、この大劇場と、バレエや演劇が中心に行われるアルテ・フォイアーバッヒェ劇場、演劇専門の小劇場シュパルテ4がある。

午後7時半、劇場内の照明が落とされ、同時に観客が静かになった。暫くすると舞台にスポットライトが当たり、劇場総支配人ダグマー・シュリンクマンがマイクを持って登場した。「ようこそ」と挨拶を始める。「演劇やバレエは既にシーズンが始まっています。州立オーケストラも先日、新しい音楽総監督の下、コンサートが大成功を収めました。オペラは今日がプレミエです。しかしお知らせです。歌手の誰それが風邪で本調子ではありません」と挨拶をした。

それから指揮者が出てくるまでかなりの時間があった。非常に長く感じられる時間だった。この「フィガロの結婚」(イタリア語上演、ドイツ語字幕)の指揮は今シーズンから第一指揮者となったアンドレアス・ヴォルフ。先日、テアターフェストの野外コンサートで演奏をしたが、実際にオペラで振るのは今日が初めてである。どういった演奏をするのかそれも楽しみであった。因みに新音楽総監督の姿は客席にあった。

プレミエ開演前の劇場指揮者ヴォルフの経歴を見てみると、彼は数学と物理を大学で学んでいたという。それから指揮、ピアノ、歌を学ぶために音大に入り直している。その後、オーストリア・インスブルックの州立劇場やドイツ・ヴッパータール、ミュンスター、カッセルなどで指揮し、2006年から2009年まではハノーファー州立歌劇場で第二指揮者を務めた。

暫く間があって指揮者が姿を見せ、音楽が始まった。舞台には大きなセットが見える。今回の演出はインガ・レヴァント。これまでこの劇場では「クレルヴォ」「カルメン」「カヴァレリア・ルスティカーナ / 道化師」を演出している。見た目的には分かりやすい実写的な描写をする。この「フィガロの結婚」の舞台は家具メーカーIKEAのショールームのような感じで、舞台前面と後方がそれぞれ上下に動く。前面が2階、後方が3階の作りになっており、それぞれ階を上下させることによって空間の変化を作りだしている。実際に動くエレベーターまで作られてあり、また舞台上には小道具も多く、そのままショールームといっても良いようなものだった。

序曲が始まった。座席の場所によって聞こえ方も違ってくるので一概には言えないが、この演奏は非常に大人しいもので、「これから始まる楽しい舞台」を感じさせるようなものではなかった。溢れてくるものが感じられないという感じだろうか。前半途中まで、この大人しい演奏だったが、途中からリズムを掴んだのか、テンポ良くなってきた印象だった。もしかすると彼はモーツァルトが得意ではないのかも知れない。そう思わせるような演奏だったが、まだ一回目なので今日だけが特別なのかも知れない。

そういえば演奏は一部しかないが、合唱は客席の2階と3階に配置されていた。一部の観客が突然歌い出すというような演出があったのだろう。またドタバタした物語らしく歌手陣も、セットの階を上がったり降りたりドタバタ動いていたが、それがかえって役それぞれが持つ味や繊細さを消しており、アリアがアリアらしく聞こえない印象を得た。

パンフレットとチケットアリアといえば、一度舞台が上下移動しているときに小道具が挟まって、セット(の板)の割れそうな音が劇場内に響いたことがあった。大きな音を立てて今にも割れそうな音だった。移動は途中で止められたものの、その中途半端な時にアリアが始まった。裏で舞台をひっそりと動かそうとしているのか、アリアの最中に木が折れそうな音がして、観客の集中力が切れそうになる。そういった状況でも歌手はアリアを歌い上げ、大きなブラヴォーがあった。またセットの移動が途中で止まったために、本来は段差が無いところに段差が出来ており、そこで歌手が足を踏み外しそうになるなど、あってはならない出来事があった。

今回はこういったことがあったが、たとえそれがなかったとしても演出に対する厳しいものが多いかも知れない。時代設定などの変更や、本来の風刺的な要素が表面に出てこないのは演出家の解釈によるところがあるので問題ないと思われるが、人物設定が分かりづらく、せっかくのドラマが生きていないようにも思える。原作で「フィガロの結婚」の前作に当たる、先シーズンに上演されたロッシーニ「セビリアの理髪師」では人物描写が明確で、見ているだけでも楽しいものがあった。

個人的な印象として、カーテンコールではそれほど大きな反応もないのでは、と思っていたが、指揮者に対しても大きなブラヴォーが飛んでいた。逆に演出家などには厳しいブーイングが出ていたが、これは何処か「お約束」的な印象もあった。いずれにしても観たのは一度だけなので、何度か観ると今回見えていなかったものも見える可能性があり、演奏も違うかも知れない。もう一度は観てみたいものである。

ところで自分の横に座っていたドイツ人のご夫妻は、歌手陣それぞれのコミカルな動きに対して、よく笑っていただけでなく、アリアのあとにはブラヴォーを叫ぶなど、オペラを非常に楽しんでいる雰囲気があった。同じオペラを観るなら、肩肘張らずにそのように観た方が楽しいだろう。オペラの内容や演奏どうこうではなくて、オペラの楽しみ方をみたような公演だった。


Die Hochzeit des Figaro

Opera buffa in vier Akten Text von Lorenzo da Ponte Musik von Wolfgang Amadeus Mozart

Musikalische Leitung: Andreas Wolf
Inszenierung: Inga Levant
Bühnenbild: Roni Toren
Kostüme: Magali Geberon

Il conte di Almaviva: Stefan Röttig / Björn Waag
La Contessa di Almaviva: Christiane Boesiger / Stefanie Krahnenfeld
Susanna: Sofia Fomina / Elizabeth Wiles
Figaro: Jiri Sulzenko / Zoltán Nagy
Cherubino: Judith Braun / Tereza Chynavova
Marcellina: Crenguta Aukle / Maria Pawlus
Bartolo: Hiroshi Matsui / N.N.
Basilio / Don Curzio: Algirdas Drevinskas / Jevgenij Taruntsov
Barbarina: Claudia Scheiner
Antonio: Markus Jaursch


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