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2009年9月12日 過去が過去になった日

ヨアヒム・フェスト氏の本、自宅の本棚にて

本屋でドイツ近現代史のコーナーを覗いているとき、近くにいた男性が一冊の本を手にして表紙を眺めている。その本はドイツの歴史家ヨアヒム・フェスト(1926年12月8日 - 2006年9月11日)によって書かれた本だった。そうだ、フェスト氏は3年前の9月に亡くなったのだ、そんなことを思い出した。

以前、このホームページとは別の場所でそのことについて書いたことがあった。フェスト氏が亡くなったとき、テレビでは数日間、緊急特番を組み彼や彼の研究テーマについて放送していた。ベルリン出身のフェスト氏は北ドイツ放送(NDR)の編集長を務めた後、フランクフルター・アルゲマイネ新聞(FAZ)で長年、編集者を務めた。

そして1973年に「Hitler. Eine Biographie」を執筆した。これは1228ページに及ぶ本で、ヒトラーに関する本としてはかなりの高評価を得たものである。そしてその後、彼は第三帝国に関する本を何冊か書いた。彼はドイツにおいて第三帝国に関する大御所的な存在であった。

私が初めて読んだ彼の本は「Speer」だった。アルベルト・シュペーア(1905-1981)とはヒトラーお気に入りの建築家で軍需大臣になった人物である。彼はヒトラーの身近にいた人物と言うだけでなく 第三帝国政府に置いても重要な地位にあった。しかし彼はニュルンベルク裁判でほぼ全てのナチス重要人物が死刑判決を受ける中で副総統ルドルフ・ヘス(終身刑)、ヒトラーの後継総統カール・デーニッツ(懲役10年)などとならんで死刑を免れた人物であった(懲役20年)。シュペーアはそれだけ戦後のドイツ人にとっても関心がある対象だった。そのシュペーアに関する本でも、フェスト氏は高評価を得、またシュペーア自身が出版した本の前書きをフェストが書くこともあった。

ヨアヒム・フェスト氏の本、自宅の本棚にてそしてヨアヒム・フェストの名前を有名にしたのは映画「Der Untergang(邦題「ヒトラー 最期の12日間」)」だろう。この映画は彼の本と、ヒトラーの秘書であったトラウドゥル・ユンゲ(1920-2002)の証言を元に作られている。その証言は映画として制作された、インタビュー映画「Im toten Winkel - Hitlers Sekretarin」である。そういえば、2002年に制作されたこの作品は、2004年公開「Der Untergang」の裏でひっそりと上映された。自分もそれを観に映画館を訪れたが、観客の数もかなり少なく、ほとんどが年輩の方だったのが印象に残っている(しかしこの映画はベルリン国際映画祭、シカゴ国際映画祭、ヨーロッパ映画祭において観客賞やベストドキュメンタリー賞を受賞した)。

ところで新聞などを見ていると、フェスト氏の死を「79歳の早すぎる死」と表現しているものもあった。それだけ多くの人が彼の書く歴史を求めていたのかも知れない。最近になって、秘書ユンゲのように、自身が亡くなる前に第三帝国を書き留めておかなければならないと考える人が多くなってきたようにも感じられる(ユンゲはインタビュー映画公開翌日に亡くなった)。これまでは当時のことを書くだけでもタブー視されていた感がある。漠然としたイメージだが、フェスト氏が亡くなって第三帝国やヒトラーが更に過去のものになったような気がする。

私が以前書いた文章で、最後はこの「フェスト氏が亡くなって第三帝国やヒトラーが更に過去のものになったような気がする」と書いて締めくくったが、結局のところ、過去を過去たらしめているのは今生きている自分たちの意識であると言うことを忘れてはならない。改めてそんなことを思った一日だった。



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