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2009年9月15日 州立オーケストラ「マーラー『復活』」

ポスターザールラント州立劇場の2009/2010年シーズンは9月6日(日)に行われた「テアターフェスト」で幕を開けたが、これはお祭り的なもので、オーケストラや合唱の初めての公演は9月13日(日)にコングレスハレ(会議場ホール)で催されたシンフォニーコンサートだった。シンフォニーコンサートは先シーズンまで月曜日と火曜日に公演があったが、今シーズンから日曜日と月曜日になった。

その新シーズン、最初の公演の指揮は新しく音楽総監督に就任したトシユキ・カミオカ(上岡敏之氏)。カミオカはこれまで様々な経歴を経てそのポストに就任した。1996年から2004年まではヴィースバーデンにあるヘッセン州立劇場の音楽総監督を、同時に1997年から2006年までは北西ドイツフィルハーモニーの主席指揮者、2004年から2009年までヴッパータール市の音楽総監督(2009年よりヴッパータール管弦楽団主席指揮者)、また2004年よりザールラント音楽大学指揮科の正教授の任にある。

ザールラント州立劇場の音楽総監督就任は本来はもう少し早い時期からという話だったが、政治的な問題があったのか延期になった。ザールラント州立劇場の方は新たな音楽総監督を探すことなく、2006年からは当時第一指揮者だったコンスタンティン・トリンクスが2009年まで暫定音楽総監督を務めることとなった。言ってみればカミオカのためにザールラント州立劇場は空白の期間を作っていた。そして2009/2010年シーズンよりカミオカが音楽総監督の地位についた。

パンフレットとチケットその彼が初めて表舞台に出るのが、今回のシンフォニーコンサートである。演目はグスタフ・マーラー(1860-1911)の交響曲第2番ハ短調「復活」(1895年ベルリンにて初演)。コンサート初日である9月13日(日)は午前11時からの公演で、その日は州立劇場音楽総監督カミオカの初舞台を演出するような青空の拡がる快晴だった。

10時半過ぎに会場であるコングレスハレを訪れた。まだそれほど人は多くない。どれほどの人が入るか気になっていたが、蓋を開けてみればほぼ満席に近い状態だった(客席数は約1300)。

ホールの舞台奥正面には「ザールラント州立オーケストラ」と文字の入った透明のボードがぶら下げられている。このホールは同オーケストラだけでなく、ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団ザールブリュッケン・カイザースラウテルン(Deutsche Radio Philharmonie Saarbrücken Kaiserslautern、以前のザールブリュッケン放送交響楽団)も使用している。因みに現在ザールブリュッケン市内にザールフィルハーモニー Saarphilharmonie という音楽ホールが建設されている。完成予定は2010年秋、座席数は1300。このホールがザール・ロア・ルクス地方(ドイツ・ザールラント州、フランス・ロレーヌ地方、ルクセンブルク)におけるコンサートの中心地と位置づけられている。

コンサート初日の自分の席は上階の中央から少し左よりの席だった。開演前座っていると、横の席に白髪のご婦人が座られた。そして私の隣の席に知り合いのご婦人がいるのを見つけ、自分を挟んで挨拶を始めた。席変わりましょうかと伺ったが、コンサート中は話すことが出来ないからいいわ、とそのまま二人のご婦人は話し続けた。一人がもう一方に「あなたは指揮者のカミオーカの演奏を聴いたことがあるか」と質問し、相手が「今日が初めて」と返事すると、「私はあるわ。何処何処で聴いたコンサートは本当に良かった。彼が(ザールラント州立劇場の)音楽総監督になって本当に嬉しいわ」と続けた。

舞台上には既にオーケストラや合唱など約180人の人がいる。暫くすると照明の明かりが落ちた。この日は新音楽総監督の初日ということでテレビ局なども来ている。そのカメラの一台が合唱と打楽器の間に置かれている。演奏する方はやりづらいだろう。指揮者が舞台袖の入り口から舞台に出てくる場面を録るにはそこしかなかったのかも知れない。

パンフレット暫くすると指揮者カミオカが舞台に姿を現した。笑顔で歩いてくる。ワンテンポ遅れて拍手があった。指揮台の上で両肩を落として背中を丸めた。以前聴いたコンサートでもそうだったが、両腕をだらんとして肩の力を抜くのは、演奏に入る前の彼のスタイルなのかも知れない。そしてキリッと両手を挙げ、指揮棒を構える。演奏が始まった。

オケの音がこれまでとは違っている。前任者である暫定音楽総監督コンスタンティン・トリンクスの演奏は重箱の隅をつつくような演奏で、かちっと固められた音という印象があったが、カミオカの演奏はそれを一度解体し、それぞれの音を掬い取ったという印象があり、音の幅が随分拡がったという印象を得た。トリンクスの指揮が、彼が中心になり俺に付いてこい!といったものだったのに対し、カミオカの方は、さあ、みんなで行こう!と指揮しているように感じられた。それを意識すると新しい音楽総監督の下、オーケストラが今まで以上に成長し、まだまだ可能性があることが感じられる。

カミオカの演奏は音が湧き出てくると言った印象だった。またピアニッシモで演奏しているところを聴くと、本当に一音一音を大切にしていることが窺える。そして彼は身体だけでなく顔の表情でも指揮をしている。客席の方からは横顔しか見えないが、第二、第三楽章で彼がにこやかに指揮を振っているとき、それが団員の方にも伝わるのか演奏する人々の顔にも笑顔が見られた。それが音に出てくる。

そういえば以前、ズービン・メータの指揮する「復活」を聴いた(ミュンヘン・フィルハーモニー、ガスタイク・フィルハーモニーにて、歌手はディアナ・ダムラウとマルヤーナ・リポフシェク)。このときの「復活」の印象が、高層ビルが立ち並ぶなかをひとけのない通りが走っているというような、そしてコントラストの弱いモノクロフィルムを見ているようなものだった。淡々としたものだったが、これはこれで悪くないと思ったことがあった。それに対してカミオカの演奏は時には彩度の高いお花畑のような印象で、明るい光や川、森林などをイメージさせるものだった。

また二人の歌手もその演奏にあったものだった。アルトのWiebke Lehmkuhlは落ち着いた温もり感のある声で、ソプラノElizabeth Wilesの方は綺麗な声で合唱などと良いハーモニーを作りだしていた。その合唱も出るところは出て、抑えるところは抑えている。オーケストラを含めた全体のバランスが非常に良い。

演奏時間は約85分。最後の音を締めて、ワンテンポあってからブラヴォーが幾つか飛んだ。指揮者はまだ動かない。大きな拍手が起こる。床を蹴っている人もいる。その拍手のテンポが速い。それだけ興奮した人が多かったのだろう。横に座る年配のご婦人もブラヴォーを叫んでいる。カーテンコールは非常に長いものだった。時間は計っていないが10分以上あったかも知れない。そういえばカーテンコールの最中、歌手の二人だけが舞台に再登場し、指揮者が出てこないときがあった。観客だけでなく、その二人も指揮者を待っていたが、結局歌手の二人は舞台袖に引っ込んだ。拍手はまだまだ続いている。再度歌手が出てくる。暫くあとに指揮者カミオカが姿を現した。これまででも大きいと感じていた拍手が更に大きく早くなった。多くの人が立ち上がって拍手をしている。同時に多くのブラヴォーが飛ぶ。

14日(月)に行われた2日目のコンサートでも同じようにカーテンコールがなされた。この日の日中は雨だったが、午後8時に始まるコンサートの時間にはそれも止み晴れ間が覗いていた。この日、自分は一階席のほぼ中央で、指揮者の動きがよく見えた。この日の演奏は前日にもまして熱量の高いものだった。一番初めのタクトでカミオカは指揮台の上でジャンプした。それが示すように2日目はより表情豊かな演奏だった。一日目の方がまとまっており綺麗だったが、二日目は面白いと言う表現が相応しいかも知れない。

この二日目の演奏、カミオカは前日よりもダイナミックに動いてるように見えた。最後に指揮棒を振り下ろしたあと、暫く片手で指揮台の手すりにもたれるようにして静止した。その間拍手は鳴りやまない。カーテンコールで再登場したときには観客から手渡された一輪の花を手にしていた。ほとんどの観客が立ち上がって拍手をしている。そういえばカミオカが再登場したとき、舞台中央にある指揮台には立たずに、舞台横から、オーケストラや合唱など舞台にいる人を賞賛するような拍手をしていたのが印象に残っている。このオケは本当に更に上手くなるかも知れない。そう感じさせるコンサートだった。

公演後、建物出口に向かって歩いているとき、横にいた人たちが興奮しながら喋っているのが耳に入った。「こんな『復活』を聴いたのは初めてだ」「すごく良かった」「マエストロにサインをもらいに行こう」と話していた。翌日の新聞にもコンサートのことが触れられており、最後に「ザールラント州立劇場の新しい時代が楽しみである」と記事が締められていた。自分も含め、コンサートを訪れた多くの人がそう思ったに違いない。


初日公演前のコングレスハレ

初日公演前のコングレスハレ


2日目公演前のコングレスハレ

2日目公演前のコングレスハレ

初日公演前のコングレスハレ、上階席より

初日公演前のコングレスハレ、上階席より


2日目公演前のコングレスハレ、一階席入り口より

2日目公演前のコングレスハレ、一階席入り口より


1. Sinfoniekonzert

Gustav Mahler: Sinfonie Nr. 2 c-Moll

Solistin: Elizabeth Wiles, Sopran
Solistin: Wiebke Lehmkuhl, Alt

Opernchor und Extrachor des Saarländischen Staatstheaters
Leitung: Toshiyuki Kamioka


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