Homeザールブリュッケンでの日記 > オペラ「イル・ティグラーネ」

2009年4月26日 オペラ「イル・ティグラーネ」

ポストカードのようなものオペラの演出には、舞台セットが非常に拘って作ってあり、その見た目だけでも綺麗な舞台というものと、反対に舞台上にはほとんど何もなく、非常にシンプルな舞台という演出がある。2009年4月25日(土)にプレミエ(初日公演)を迎えたアレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)作曲のオペラ「イル・ティグラーネ」(1715年ナポリにて初演)は後者の演出だった。

舞台上の奥に白い壁があり、それ以外のものは置かれていない。小道具として大小様々の風船があるだけである。舞台正面には風船が客席側に飛ばないようにネットが張られている。そして照明もほとんど変化せず、歌手陣の衣装も、それだけでは彼らがどういった立場、地位にあるのか分からないものだった。しかも舞台転換はなく、最初から最後まで壁と風船だけの演出だった。

このオペラの演出はザントラ・ロイポルト。ホームページにある紹介を見てみると、彼女は現在、色々な州立劇場などでも演出をしており、特にバロックに力を入れていると言うこと。指揮はGeorge Petrou。彼も様々な劇場で指揮をし、バロックを中心に演奏しており、録音も何枚かされている。そしてそれらはドイツの音楽賞"Echo Klassik"において受賞しているということ。

このプレミエの日、劇場を訪れると、プレミエ独特の雰囲気がそこにはあり、着飾っている人が多い。3月に時計の針が冬時間から夏時間になって、また暖かい晴れの日が続いているためか、明るく派手な、特に赤色を身にまとった人が多かった。

公演前の劇場このスカルラッティの「イル・ティグラーネ」は今回のザールラント州立劇場における公演がドイツ初演である(イタリア語上演、ドイツ語字幕)。現在の劇場総支配人シュリンクマンになってから、世界初演、ヨーロッパ初演、ドイツ初演という作品が幾つかなされている。珍しければ良いというわけではないが、そういった試みは今まで知らない音楽を聴けるという点でも興味深く、またその初演に立ち会えるという喜びに似た気持ちを抱くことが出来る。

「イル・ティグラーネ」はドイツ初演なので、観客の入りも良いのではと感じていたが、いざ劇場内を見まわすと最上階などは空きが見えている。やはり珍しい作品なので、新聞の批評などの様子見という人もいるのだろう。

指揮者がオケピットに姿を現した。バロック音楽なので、オケピットの床が少し高くなっており、客席からも指揮者の動きがよく見えた。彼の指揮は音楽に陶酔しているようなもので、それが音楽にも現れている。彩度は高いもののコントラストが低いといった感じだったが、古楽器の音色などバロック音楽ならではのものを楽しむことが出来た。

歌手陣は、バロックの技巧的なアリアが多いだけに、どの歌手も頑張っている。ただ知られていない曲だけに、アリアの後の拍手もタイミングが難しかったりして、どのアリアも大きな拍手はなかった。

この「イル・ティグラーネ」、バロックを専門とする指揮者が演奏し、同じくバロックを主とする演出家だったので、個人的にはかなり期待していたのだが、上記のように演出は、一般的に難しいものだった。この演出が音楽を盛り上げることもなかっただけでなく、観客に理解を必要とさせ、また見方を変えてみれば観客を無視した演出と言えるかも知れない。もしかするとそこに演出家の意図が含まれているのかも知れないが、いずれにしても気になったのは、音を出しながら風船を叩いてリズムを取ったり、空気漏れの音を作ったり、本来楽譜にはないような音が入っていることが少し気になった。

パンフレットとチケットそういったこともあり、公演後の挨拶ではどのようになるか気になったが、歌手陣や指揮者が大きな拍手とブラヴォーをもらっているのに対し、演出家が出てきたときはブーという大合唱だった。低い声で響くブーイングが劇場内に響いている。しかしそれでも演出家が笑顔だったのは、ある意味、彼女の計算通りだったのかも知れない。それを意識するともう少し奥が深い作品なのかも知れない。

ところで、この作品はドイツ初演と言うこともあり、そのあらすじなどもインターネットなどでも見つけることが難しく、劇場のホームページに簡単に書いてあるものか、当日パンフレットを購入して読むしかない。どれほどの人があらすじ理解しているのか気になっていたが、多くの人はそれを読まずに字幕だけで理解しているようであった。というのは、話の結末の箇所で、ある字幕が出たときに、客席から「なるほど、そういうことか」といった感じのざわめきが出た。それも一人二人ではなく、劇場内にいる全員がそれに反応したような雰囲気があった。

動きがほとんどない非常に単調な舞台にもかかわらず、多くの人は退屈せずに、その舞台を観ていたと言うことだろう。最後はスッキリした形でオペラは終わったが、それは観客にとっても同じだろう。3時間を超える長い作品だが、最後のその終わり方もあって、多くの人は満足、もしくは納得して劇場を後に出来るだろう。演出に対する好みは分かれるところがあると思われるが、終わってみれば面白い作品であったと言える。最後にそのように思わせるのは、何も語らない演出のおかげなのかも知れない。


配役

Il Tigrane

Oper in drei Akten von Alessandro Scarlatti
Text von Domenico Lalli

Musikalische Leitung: George Petrou
Inszenierung und Bühne: Sandra Leupold
Kostüme: Julia Burde
Bühnenbildmitarbeit: Christopher Melching
Dramaturgie: Christoph Gaiser

Tomiri: Sylvia Koke
Tigrane: Tove Dahlberg
Meroe: Elizabeth Wiles
Policare: Judith Braun
Doraspe: Algirdas Drevinskas
Oronte: David Cordier
Dorilla: Sofia Fomina
Orcone: Jiří Sulženko


▲ページの最初に戻る