ザールラント州のレストラン・ガイドには州都ザールブリュッケンにある日本食レストランが州唯一の日本食レストランと紹介されている。市内に本店とブラッセリーが2軒ある、そのお店は日本人が経営し、オーナーの名前が店名に付けられている。ザールブリュッケンで日本食と言えば、そのお店が挙げられていたが、2008年11月に新たな日本食レストランが市内に開店した。

ところでドイツの別の街で、あるすし職人の方と話しているときに聞いたのは、その街には日本食を出しているお店が97軒あると。そしてそのうち実際に日本人が経営しているのは僅か9軒だけで、それ以外は日本人以外の経営ということだった。だから店名が明らかに日本語でも、必ずしも日本人が経営しているわけではないと。

日本人でない人が作る日本料理、そこには日本的なものもあれば、日本では考えられないようなこともある。例えばドイツのある都市の回転寿司では、鮮度が落ちてきたスシが揚げられて、揚げずしになっていたり、見た目こそ同じでも、中身が全く違っている揚げ物など、実際、そういった類の話はドイツに限らず他の場所でもあるだろう。

自分が最も印象に残っている日本料理がある。確か1992年頃だっただろうか。バイエルンの田舎のレストランに入った。そこは鱒料理が中心で、他にパスタメニューなどがあった。そのメニューのなかの一つに「日本」というものが目に留まった。値段は他のものよりも高い。それにしようか迷っていると、同席した友人が、「誕生日だからごちそうしよう」と声をかけてくれた。その日は彼の誕生日であった。ドイツでは誕生日の人が招待するのだから、と彼は付け加えた。

メニューに載っていた「日本」とは3品からなり、その一つが寿司であった。外国で食べる日本料理、味や見た目はどのようなものか、とても気になり、非常に楽しみだった。暫くすると注文していた「日本」がテーブルに並べられた。3つのお椀がある。その一つ、寿司を目にして思わず固まってしまった。白いお茶碗の中には、炒った米が入っていた。炊いたご飯ではない。炒り飯だった。当時の自分はドイツ語もまだまだで、お店の人に何も言うことが出来なかった。友人とは、それも一つの思い出ということになったが、その「寿司」があまりにも強烈で他の2品は全く記憶にない。

当時は現在見られるような寿司ブームもなく、ドイツ人の中には寿司を知らない人もいただろう。まして田舎である。それは当然のことかも知れない。その寿司を目にしてから、おかしな日本料理がでてきても驚くことはなくなった。そのお店は日本食を主にしていたわけでないので、今ではその「日本」も既になくなっているかも知れない。

話は戻る。今回オープンしたザールブリュッケンの店名は日本語である。そしてメニューはローマ字で書かれており、それぞれの響きも日本を感じさせる。このお店が出来たことは知っていたが、知り合いの何人かが、味は「美味しい」と言い、中には何度も通っている人がいるので一度訪れてみたかった。お店のホームページなどを見ると、ここは日本人が経営しているお店ではなく、中華系の人のようだったが、日本的なものを食べられるなら、それは嬉しいことである。

お店に入ると、日本的なものは一切無く、そこは落ち着いた小洒落たバーのようでもある。大きな窓から見える景色もそれほど悪くない。下手に日本風にしていないところに何故か好感を覚えた。お店の人も日本語を使うことなく、一般的なドイツのお店のようにドイツ語での挨拶である。自分が入ったときは席を選べるほどに空いていたが、暫くするとほぼ満席になった。アジア人よりもドイツ人の客が圧倒的に多い。そして彼らが何を注文するか見ていると、ほとんどの人がお寿司を注文している。お寿司と言っても種類はごく僅かだが、彼らは同じものを幾つも注文している。このお店はブッフェ形式だが、自分で取りに行くのではなく、注文するシステムとなっている。メニューはお寿司以外に、餃子や鶏の唐揚げ、焼き鳥、野菜の天ぷらなどがある。

海外において外国人が作る日本食のお店の数はかなりの数が上げられるだろう。その中には日本的なものもあれば、見た目だけと言ったような全く違ったものもあるかも知れない。見方を変えれば、それだけ日本文化が世界に拡がっているということであるが、そう言った状況の中で例えば日本食における伝統や格式を伝えていくのは容易なことではないだろう。それを意識すると海外には日本風なお店はあっても、和風なお店は数少ないだろう。そこから単に見た目や味ではない、日本料理の奥深さを感じたような気がした。

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