Home > ザールブリュッケンでの日記 > オペラ「Der erste Kaiser(The First Emperor)」
ザールラント州立劇場の2008/09年シーズンが9月6日(土)に幕を開けた。演目はタン・ドゥン(1957-)作曲のオペラ「Der erste Kaiser (The First Emperor)」。中国の始皇帝がモチーフになった作品で2006年12月21日、作曲家自身の指揮でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で初演された。これはプラシド・ドミンゴ(1941-)のためのプロダクションで公演は連日完売になるものだった。その作品がザールラント州立劇場でヨーロッパ初演されることになり、シーズンが始まる前から話題になっていた(英語上演、ドイツ語字幕)。
9月6日は曇り空の拡がった天候だったが、19時30分開演前の劇場は何処か華やかな雰囲気がある。ドレスやスーツなど着飾った人の姿が多い。チケット売り場を覗くと完売の表示が出ている。公演初日なので、劇場関係者や州の文化担当関係者なども訪れているのかも知れない。劇場入り口には劇場総監督ダクマー・シュリンクマンの姿もある。劇場内には初日公演独特の緊張感や期待感があった。
19時半を少し過ぎて照明が暗くなり、公演が始まった。指揮は暫定音楽総監督コンスタンティン・トリンクス。舞台上両袖には打楽器だけでなく、幾つかの植木鉢のようなものが並べられてある。おそらくそれらも打楽器の一つとして使われるのだろう。黒い衣装に身を包んだ打楽器奏者が舞台に出てきたところで演奏が始まった。
緊張感に包まれた出だし。シーズン最初の公演、初日公演という以外にこの音楽の独自性があるかも知れない。どことなく不安定さが感じられる旋律。そしてそこに京劇の人が出てくる。彼はこの公演のために北京オペラから喚ばれている。中国語の喋りのような音楽が続き、いつの間にかテンポ良い舞台に引き込まれていく。この作品は所謂、現代曲だが、映画音楽でグラミー賞、アカデミー賞を受賞したタン・ドゥンの作品らしく、何処か映画音楽的要素を持った作品だった。
ところでこの作品を観るのは自分にとって初めてだったので、昨年発売されたメトロポリタン歌劇場(以下「メト」と略)のDVDを観て予習して劇場を訪れた。そのメトの演出は様々な原色を使い非常に色鮮やかな舞台になっている。それに対して、ザールラント州立劇場のものは、質素でどちらかと言えば彩度の薄い色遣いのように感じられた。このザールラント州立劇場での演出、予めメトの演出を観た人にとっては、鮮やかさがないので何処か物足りなく感じられるようだったが、逆にそれまで何も観ていない人にとっては好意的に受け入れられたよう。またメトは演出に語らせすぎるという意見も耳にした。
そのザールラント州立劇場での演出、ソロの人たちが舞台に出てくるときは四角い箱に乗って、まるで箱の上に載せられた人形のように登場した。彼らは色とりどりであったが、対して合唱は泥パックを頭と顔に塗りたくったようなものだった。始皇帝の時代の話なので、おそらく兵馬俑をイメージしているだろう。そして合唱が全員で叫ぶ「Ha! Hashi! Wu!」という台詞、どうやら言葉には意味がないようだが、そのときの合唱の人たちの動き、これは片手を声に合わせて挙げるといったものだったが、聞けば、その動きも楽譜に記載されてあると言うこと。そういえば合唱が舞台にいないときは、オーケストラの人たちがそのかけ声をやっていたが、その男性らしいかけ声が印象的だった。
それらのかけ声は印象に残るもので、休憩中、観客が「Ha! Hashi! Wu!」と真似をしていた。それだけ印象に残るものだったのだろう。個人的に最も印象に残った箇所は最後の合唱である。それまで何度も演奏されていたテーマがここでも繰り返されるが、合唱は舞台の前方に出てフォルテで歌う。劇場内にその声が響き渡り、まるで劇場がその音楽に包まれているような感がある。そして最後にジャンッ!とオーケストラが音を締める。初日公演、この音の余韻がある時にブラヴォーが飛んだ。
多くの観客にとって、この作品を聴くのは始めてだろう。一般的にそういった作品の場合は、何処が作品の終わりか分からないことが多いが、この作品ははっきりとした音があり、同時に照明が落ちるので分かりやすい。そのあと大きな拍手が続いた。そしてカーテンコールと続く。カーテンコールでは舞台上に残っている合唱から始まるが、そのときにかなり大きなブラヴォーが聞こえた。ソリストたちにも大きな声が飛び、中でも指揮者トリンクスが舞台に姿を現したときには床を蹴っている人の姿もあった。そして演出家や振り付け師が出てくる。
そういえばこのオペラが上演されている時期、10月の上旬にドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」で2007/08シーズンの批評が発表された。その中には幾つかザールラント州立劇場関連もあった。この「Der erste Kaiser」に因んだ人たちを挙げれば、「年間最優秀合唱」に州立劇場の合唱がノミネートされ、また指揮者トリンクスが「年間最優秀指揮者」にノミネートされていた。それ以外では「この一年間で最も成長した演奏家」にAlexandra Lubchanskyが、「年間最優秀歌手」にDong Won Kimがノミネートされた。
またちょうど同じ時期、このオペラの3公演目に作曲家タン・ドゥン氏自ら劇場を訪れた。その模様は新聞などにも報じられていたが、残念ながら自分はこの公演を観ていなかった。いずれにしても作曲家は満足した模様。また彼の作品は彼自身が指揮をするので、観客として自身の作品を観るのは初めてということで慣れなかったともあった。この作品には中国人が二人出演しているが、彼らにとっても思い出深い公演になったに違いない。
ただこの演目で一つ残念なのは、客の入りである。初日は今シーズンの開幕ということもあって完売であったが、二日目の公演は、平日だったこともあって観客が一気に減ったという印象を得た。その後は新聞などで報じられることもあって売れている模様だが、完売しないのは、やはり珍しい演目だからだろうか。北京オリンピックの前かその時期の公演ならもう少し話題になっていたかも知れない。いずれにしても残り数公演、自分ももう一度劇場を訪れたいと思う。
ところで、この作品は多くの人にとって初めて耳にする作品だが、作品に対する先入観がないせいか、公演を観た人の感想も色々あって興味深く感じられる。「この作品はこう演奏されるべきだ」と言うようなものがないだけに、演奏云々といった感想だけではなく、作品そのものに対してのものが多かった。観客にとって不慣れな作品ではあるが、逆に言えば、そこに色々な感想や意見、話題などが生まれる可能性もある。興行的な視点ではなく、そういった視点で見てみれば、この作品の意味も大いにあるかも知れない。
追記
この演目の最後の2公演は指揮が替わっていた。本来指揮をする、暫定音楽総監督のトリンクスはモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」のため現在、日本(新国立劇場)にいる。その代わりで副指揮のマルティン・シュトラウベルが最後の2公演の指揮を振った。
彼の指揮による演奏、最初の日は明らかに演奏が合っていなかった。オーケストラと合唱だけでなく、歌手も出が合わなかったり、ムラのある演奏だった。しかし11月26日(水)の公演では、練習の成果があったのかどうかは分からないが、前回よりも完成度の高い演奏だった。ただトリンクスが重箱の隅をつつくような演奏をするのに対し、シュトラウベルの演奏は楽譜を追っただけのような印象を得た。
しかしこの公演最終日の後半、ここの箇所は非常に熱量の高さが伺える演奏だった。歌手陣では特にJevgenij TaruntsovとHiroshi Matsui(松位浩氏)の二人が印象に残った。前者は少々張り上げ感があったものの大きな存在感を持っていた。彼はこの役を歌ったことで歌手として一回り大きくなったようにも思われる。後者のMatsuiのバスは舞台に深みを与えていていつも以上の存在感があった。
この演目は特に合唱が泥パックを顔や頭に塗ったりと大変さが感じられるが、演目そのものは、可能ならばもっと見てみたいと思わせるものがあった。
初日公演後のパーティー
初日公演後に出演者のお披露目的なパーティーがある。
観客も自由に参加することが出来る。
パンフレットとチケット
配役
Der erste Kaiser
Oper von Tan Dun
Text von Ha Jin und Tan Dun
Europäische Erstaufführung: Samstag, 6. September 2008 im Staatstheater
Musikalische Leitung: Constantin Trinks
Inszenierung, Bühnenbild und Kostüme: Denis Krief
Choreografie: Helge Letonja
Kaiser Chin Jevgenij Taruntsov,
Yue-yang Eun Ae Kim / Alexandra Lubchansky,
Gao Jian-li Dong Won Kim,
General Wang Hiroshi Matsui,
Shamanin Yanyu Guo,
Chief Minister Guido Baehr/ Olafur Sigurdarson,
Yin-Yang Master Xiquan Jin,
Mutter von Yue-Yang Maria Pawlus.
Wächter Alto Betz / Markus Jaursch,
Tänzer Silvia Juliana Ospina, Norbert Pape