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2008年3月9日 オペラ「Herzog Blaubarts Burg 青ひげ公の城」

「青ひげ公」2008年3月6日(木)、この日、ザールラント州の公共施設などでストライキがあり、ザールラント州立劇場も一部ストライキとなった。そのためその日、同劇場で予定されていたバレエ「Picasso on the Move」とザールラント州立劇場管轄下の劇場アルテ・フォイアーバッヒェで予定されていた演劇「Ivanov」が中止となった。そしてその代わりとして急遽、その二日後に初演を迎えるオペラ「青ひげ公の城」(バルトーク作)の公開ゲネプロ(総稽古)がザールラント州立劇場で行われることになった。

ストライキは一日だけだったが、思い出したのが、数年前、別の歌劇場であった大道具の人たちのストライキ。これは約5ヶ月間続き、その間のオペラ公演は演奏会形式になったり、また舞台を簡略化して行ったりと、観る方としても少々残念な期間だった。ちょうどリヒャルト・ヴァーグナーの「リング」シリーズもあったが、それも演奏会形式になった。そのことを知らないで歌劇場に来た人は、それでもそのまま聴いている人がいたが、中にはチケットの払い戻しをしている人もいた。

今回のザールラント州立劇場でのバレエ公演、そのストライキを知らないで劇場を訪れる人が多かった。自分は劇場のサイトで、ストライキとその代わりのゲネプロの情報を知っていたので、ゲネプロを観るべく劇場を訪れた。ゲネプロは無料だったが、入り口のところで劇場の人に止められ、当日の公演のことを知っているか確認された。その情報を知らずに驚いている人もいたが、見る限り大きな混乱はなかったよう。また座席も自由だったが、客の中にはバレエを観に来てそのまま残っている人も多いようだった。

そのゲネプロの二日後の8日(土)、オペラ「青ひげ公の城」は初日公演を迎えた。このところ冬に戻ったかのような肌寒い日が続いているが、徐々に陽も長くなってきている。午後7時過ぎの空はまだ完全に黒く染まっているわけでもなく、春の訪れが少しだけ感じられる。

初日公演とあって、正装率が高いだけでなく、観客の中にもどこか高揚した気分が見られる。午後7時半に開演だが、開場は7時15分と遅い。それだけ舞台準備に時間が必要なのかも知れない。開場になると、開演までの時間は僅かなので、客が一気に劇場内に入ってきた。見たところ、完売ではないものの、客の入りも悪くなさそう。演目が一般的なものとは少し違っているので、どれほどの客が入るか関心があった。

午後7時半過ぎに劇場内の照明が消え、真っ暗な世界になった。それからオケピットの明かりがつき、指揮者が現れた。この日の指揮はザールラント州立劇場第二指揮者のクリストフ・ヘルマン。彼はオペラだけでなく、オペレッタやバレエ、ミュージカルの指揮も振っている(「振らされている」と言った方が良いかも知れない)。そして舞台が始まった。

プログラムとチケット、ポストカードのようなものザールラント州立劇場のバルトーク・ベーラ作オペラ「青ひげ公の城」(ハンガリー語上演、ドイツ語字幕)は休憩無しの公演だが、その前半はカタリーナー・ビーラーという舞台女優の語りとなっている。舞台上の前面、普段は緞帳があるところに黒いカーテンのようなものがあり、その奥の舞台側で彼女が語る。

グリム童話の「青ひげ公の城」を中心に語る(ドイツ語)。それはおとぎ話を語るようなもので、マイクのピッチを変えて、彼女は女性の声だけでなく、男性や子供の声も出して語っていた。また効果音も自分の口で創り出している。彼女は女優としてだけでなく、声優や演出家など様々な顔を持ち、そして様々な賞を受賞している。それだけ表現力が豊かと言うことなのだろう。その彼女は舞台を左右に動いてるだけで、他に大きな動きはない。

舞台前面の黒いカーテンには映像が流されている。ほぼ白黒の映像で、真っ暗な中を懐中電灯一つで歩いている。そこは廃屋や炭坑のような場所。瓦礫やトロッコなどの線路が映される。時々、演奏が数小節だけ入るがほとんど語りと言って良い。オペラのはずなのに、なかなか音楽が始まらないと思っている人も多いかも知れない。この語りと映像が約20分間続く。

そしてその終わりのあたりに、歌手である二人が別々に姿を見せる。しかし舞台ではなく、客席に。客席の最前列と二列目の中央は椅子を取り払われ、その上に小さな舞台が作られている。そしてその上には椅子とソファが一つずつ。歌手はそこで歌うよう。しかも二人ともスーツ姿である。

黒いカーテンに映し出されていた映像は終わり、代わって舞台上に置かれた3つのスクリーンに映像が流された。最初は一番左のスクリーンに、揺れる波の上で小さな船を漕いでいる白黒映像。このときに音楽が始まったが、その映像や音楽が何やら不安な気持ちにさせる。ところでこのオペラの話は、簡単に言えば7つの扉を開けていく話であるが、舞台上には、ストーリーと全く関係ない映像が映し出されている。プログラムに目を通すと、「直接関係ない映像の方が心理的効果がある」といったことが書かれている。

その映像はほとんどが白黒で、例えば走っているウサギが撃たれて?もだえているようなものや、吠えている犬の映像、壕を掘ってそこから覗く兵士や防護マスクをした人たち、燃え落ちる建物か何か、眠った?男性を水を張った風呂に浸けるような映像。そういったものばかりで、気分的に何処か落ち着かず、不安にさせる効果のある映像が並んでいる。そして音楽がそれに伴う。客席に設けられた小さな舞台上では、ほとんど動きがない。青ひげ公はソファで仰向けになって歌っている。ユーディットは椅子に座って歌うだけで、両者とも時には立ち上がったり、またユーディットは足を組み替えたり、目頭を押さえたりするものの大きな動きはない。

しかしその動きがないところにこそ、意味があるのだろう。青ひげ公はソファで横になりながら、宙の一点を見つめて歌っている。客席の中で歌っているだけに、客に届く声も力強く、そしてその息づかいまで聞こえてくる。それが二人の心情を上手く伝えているようにも思われる。

今回の作品の演出家はペネロペ・ヴェールリ。彼女はカールスルーエ造形大学で映画美術の教授だが、その彼女らしさが、この舞台に活かされたのだろう。しかし、オペラの前の長い語りを始め、全く動きのない舞台、多用される映像など、「これはオペラではない」という人がいるかも知れない。果たして公演後のカーテンコール時に演出家が舞台に姿を現した途端、幾つかのブーが聞こえた。しかしそれに負けじとブラヴォーを叫んでいる人もいる。

ところでバルトーク・ベーラ(1881-1945)は彼唯一のオペラ作品である「青ひげ公の城」を30歳の時、1911年に作曲している。彼はそれまでコダーイ・ゾルターン(1882-1967)とともに自国ハンガリーの民謡収集に力を注いでいた。そのときに作家バラージュ・ベーラ(1884-1949)が台本を持ってきた。 劇場で新作オペラの募集がなされているので応募するためである。そしてこの「青ひげ公の城」を応募したが、このオペラの出演者は二人だけでストーリーの展開もないことから、「これはオペラではない」と受理してもらえなかった。それが初演されるまでに更に7年の月日があった。彼のバレエ音楽「かかし王子」が好評を得た時、同時に演奏されることになったのである。

作曲された当時、この作品は「オペラではない」という批判を受けたのと同じように、ザールラント州立劇場の作品も「オペラではない」と評価される可能性がある。オペラと言うには語りの箇所が長いだけに、作品全体を見ると、バルトークの「青ひげ公の城」というよりは、「青ひげ公の城」におけるバルトークといった感もある。しかし最初の語りからオペラへの繋ぎ方も全く違和感がなく、非常に長いプロローグには違いないが、一つのまとまった作品とも見える。その長い語りが徐々に人の心の中に不安な気持ちを作っていく。

いずれにしても個人的に思うのは、映像を使うことによって歌手の心理がより強く表現されているように思われる。ただこの作品を一度観ただけで判断するのは難しい。ゲネプロを観たときは、オペラ的でないその演出手法に少し戸惑いを覚えた。歌手二人が椅子に座って歌うだけで、背景の、舞台と全く関係ない映像が変わるというのは、ペーター・コンヴィチュニー演出のリヒャルト・ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」の第三幕を思い起こさせる。パーティーでの挨拶

しかしゲネプロでそういったものを予め見ていたおかげで、初日公演ではその世界をより深く味わうことが出来た。ところでどの作品でも初日公演の後には劇場中央ロビーでパーティーが開かれる。これは客も参加して良いものであり、単に出演者が挨拶するだけの時もあれば、スポンサー付き公演として食べ物や飲み物が提供されることもある。この「青ひげ公の城」は後者だった。劇場総支配人が挨拶をし、歌手や演出家などを紹介していく。何度も拍手が起こり、それが終わると立食パーティーのようなものになる。そのときに目にした指揮者ヘルマンの何処か嬉しそうな姿が印象に残っている。

ヘルマンの指揮は、例えば同じ演目でも早いときもあれば逆に遅いときもある。また曲の途中でテンポが変わったりと、おそらく作品に対して色々なアイデアを持っているのだろう。それが演奏面で上手くいけば良い演奏になるが、いかなければ空中分解のようにズレが感じられる。しかしこの日のヘルマンの指揮は自分が今まで聴いた中では最も良い演奏だった。鳴らすところではしっかりと鳴らし、引くところは引く。初日公演だけに、彼だけでなく他の演奏者も気合いが入っているに違いないと思われるが、それでもその世界を作り上げる、緊張感のある音が聞こえていた。同時に陰湿で重苦しい雰囲気を作っていた。それが不安な気持ちを煽るような映像と相まって、心理的に重い効果を残していく。逆にそこに青ひげ公とユーディットの持つ苦悩やもの悲しさが感じられる。心理を掘り下げ、気持ちの奥にある何かを見せる「青ひげ公の城」だった。


配役

Herzog Blaubarts Burg
Oper in einem Akt von Béla Bartók, Text von Béla Balázs

Musikalische Leitung: Christophe Hellmann
Inszenierung/Raum: Penelope Wehrli
Kostüme: Ellen Hofmann

katharina bihler (Stimme), Dubravka Musovic (Judith), Olafur Sigurdarsson (Blaubart)


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