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2007年11月8日 オペラ「魔笛」

天井シャンデリアの照明が落ち、軽快な音楽が始まると、モーツァルトの格好をしたような3人の子供が緞帳前に出てきた。そのうちの一人が他の二人に何やら命令を出している。命令された二人は観客席に降りてきて、辺りをきょろきょろと見まわし何かを探している。座っている人を指さしては、舞台上にいる一人の子供に何かを問うている。舞台上の子供が「違う、違う」と首を振っている。そして人探しをしてる子供が、彼だ!と、眼鏡をかけた一人の男性を客席から舞台上に連れて行く。連れて行かれる男性は驚きながら、訳も分からず子供たちに手を引かれて緞帳の隙間に消える。

次ぎに緞帳の間から姿を見せた、先ほど連れて行かれた眼鏡の男性は手に楽譜を持っている。観客の方は「連れて行かれるのが自分でなくて良かった」と思うのと同時に、楽譜を持った男性がどうするのか気になっている。そして序曲が終わり、緞帳が開くとそこは森となっている。先ほどの眼鏡の彼は、そこを彷徨っている。と、そこに大きな蛇があわれる。「助けてくれ!助けてくれ!」と彼は歌い出す。つまりその眼鏡をかけた男性が王子タミーノである。観ている観客にとっては、観客の一人が歌手になったといった感じで、舞台と一体感を持ちながらオペラの世界に入っていくことが出来る。

ザールラント州立劇場の「魔笛」(ドイツ語上演、フランス語字幕)である。この演目の演出はアンドレアス・ゲルゲン。彼はこれまで幾つかの劇場で演劇、ミュージカル、オペレッタを手がけている。

モーツァルト「魔笛」(1791年、ウィーン、ヴィーデン劇場初演)といえば最も良く上演される演目の一つというだけでなく、様々な演出がなされる演目の一つだろう。例えば、アウグスト・エファーディングのメルヘン的な演出に対し、「魔笛の再発見」などと称されて時代や人物設定を大きく変更した斬新な演出もある。もしかすると演出家にとっては腕の見せ所的なものがあるのかも知れない。

ところでザールラント州立劇場はスタジオーネシステムを採用しており、毎年、新しい演目がプログラムのほぼ全てを占める。そして集客力のある幾つかの演目だけが次のシーズンにも引き継がれて上演される。2006年クリスマスに初演されたモーツァルト「魔笛」もその一つだ。2007年11月と12月に再演される(因みに今シーズン、先シーズンからの再演作品は「魔笛」とロルツィング「密猟者」の二つ)。

再演された理由は、やはり集客力の良さが挙げられるだろう。特にこの「魔笛」は音楽を楽しむだけでなく、観ている方も楽しめる。舞台と観客の距離が近いように思われる。実際、一番最後のイシスとオシリスを讃える合唱の時は舞台から合唱の人たちが客席に降りてきて、客席を囲むようにして歌う。舞台上で歌っているのに比べると、迫力や響きが全く違う。まるで観客一人一人が舞台にいるような錯覚すら覚える。

そしてそのとき、観客席に大きなボールが一つ投げ込まれる。そのボールは何人もの観客の手によって、客席を飛び回っている。ボールが近づいてくると、自然と腰を浮かしてそのボールに触れようとする人が何人もいる。歌劇場全体が一つの遊技場のようになったようにも感じられる。

ところでその客席に投げ込まれたボール、その意味はおそらくサーカスのボールを意識しているのかも知れない。というのは人物設定上、高僧ザラストロがサーカス団の団長になっている。「サーカス団」とそれだけ聞けば、音楽を台無しにするような演出を想像しがちだが、サーカス的な面はそれほど前面に出ていない。動物(に扮した人)の動きもサーカスの動物と言うよりは、メルヘンを感じさせるような可愛い動きとなっている。

この演出の舞台は鏡を用いて空間を広く見せるだけでなく、舞台の高さも使うことによって一つの世界を作り出している。そしてそこに照明による様々な効果が加わり、見た目的にも非常に印象に残るものとなっている。サーカスのテントという言葉では収まりきらない、森などの大きな自然空間を演出している。

そういった見た目の印象と最後の迫力ある合唱など、この「魔笛」は大人だけでなく子供までの観客を楽しませる要素に溢れている。

魔笛ところでこの作品、昨年の初演時は(暫定)音楽総監督(当時は第一常任指揮者)のコンスタンティン・トリンクスが指揮を振っていたが、今シーズンにはコレペティトアの人が指揮を振っていた。指揮者によって作る音楽の色も変わってきて興味深い。

また音楽的に個人的に最も感動した箇所は二人の武者が歌うところだった。その声を聴いて思わす鳥肌が立った。テノールのルドルフ・シャシング。ザールラント州立劇場の宮廷歌手の称号を持つ彼が歌うのは、僅かその一場面だけだが、それでもその存在感は非常に大きなものがある。声量があるだけではない。モーツァルトの音楽とその声が合わさった音は、良い緊張感を作り出す。彼が歌い始めた瞬間、劇場内の空気が引き締まり、オーケストラの音色も豊かになった気がした。そういった瞬間は生演奏ならではのものだが、生演奏でもそう体験できるものではない。

逆に残念に思われたこともあった。「魔笛」はジングシュピール(歌芝居)という演劇的な要素を持っている。しかしこの演出では、音楽が重要視され台詞にまで意識が行っていないようにも感じられた。もしかするとそれは演出によるものではなくて、歌手の演技などによるのかも知れない。いずれにしても、それが上手く伝われば観客の方にもっと笑いが起こる。例えばパパゲーノが、年老いたパパゲーナに年を尋ねて「18年と2分」と答えが返ってきたとき、驚くことなくそのまま舞台は進んでいる。また若い娘に変身したパパゲーナに近寄ろうとしたときに、僧侶から「御前にはまだ早い」と言われ、「家族の問題に口を出さないでくれ」とパパゲーノが僧侶に反論する場面。そしてパパゲーナを失って、パパゲーノが首を釣ろうとする場面で笛を三度吹く時、躊躇うことなく三度笛を吹いている。本当は誰かに止めてもらいたいはずなのに。

そういった人間的な場面がより深く作られれば、更に面白い作品になったのではないかと思われる。しかしいずれにしても、新聞の批評で「絶対に観るべし」と書かれていたことが表すように、この作品は多くの人を楽しませる作品に仕上がっている。劇場がスタジオーネシステムを採用していても、出来ればこういった作品は繰り返して再演して欲しいと思う。

 

追記

2007/08シーズン、最後の「魔笛」公演を観に劇場に向かったが、人気のある演目のためか完売になっていた。始まる直前までチケット売り場で粘ってみたものの、結局、観ることは出来なかった。同じように待っている人も多く、「チケット求む」と書いた紙を手にしていても難しかった。残念。そういえばその数日前にあったバレエ「ロミオとジュリエット」も完売だったが、そのときはチケット売り場で粘っていると、チケットが余っているという人が声をかけてきてくれ、その人からチケットを買うことが出来た。一緒に来る予定の人が来られなくなったと言うこと。


配役

Die Zauberflöte

Eine deutsche Oper in zwei Aufzügen
Text von Emanuel Schikaneder
Musik von Wolfgang Amadeus Mozart

Musikalische Leitung: Constantin Trinks
Inszenierung: Andreas Gergen
Bühnenbild: Stephan Prattes
Kostüme: Regina Schill

Algirdas Drevinskas (Tamino) - Guido Baehr/Stefan Röttig (Papageno) - Stefania Dovhan (Pamina) - Alexandra Lubchansky (Königin der Nacht) - Hiroshi Matsui/Patrick Simper (Sarastro) - Oxana Arkaeva/Naira Glountchadze (Erste Dame) - Judith Braun (Zweite Dame) - Maria Pawlus (Dritte Dame) - Sabine von Blohn (Papagena) - Otto Daubner/Vadim Volkov (Sprecher, Erster Priester), Manfred Rammel (Zweiter Priester) - Rupprecht Braun (Monostatos) - Vladimir Makarov/Rudolf Schasching (Erster Geharnischter), Antonij Ganev/Markus Jaursch (Zweiter Geharnischter) - Mitglieder des Kinderchores am Saarländischen Staatstheater und der Protestantischen Kinderkantorei Pirmasens


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