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2007年10月29日 オペラ「Eis und Stahl(氷と鋼鉄)」

Wladimir Deschewowという名前に初めて接した。そのロシア人作曲家 Wladimir Michailowitsch Deschewow (1889-1955)が作曲した唯一のオペラ、それが「Eis Und Stahl」である。「氷と鋼鉄」と題された1929年作の、このオペラが、2007年10月27日(土曜日)ドイツで初めて、ザールラント州立劇場において上演された。

劇場に行く前に、その作品を聴いておこうとCDなどを探してみるも、何処にも見つからず、色々調べてみると本国ロシアでは1935年まではよく上演されていたが、それ以後はほとんど上演されず、現在では全く上演されていないということ(CDなどにも録音されていない)。そしてこの作品は、いつの間にか音楽記録集にも名前が載らなくなっていたということだった。

劇場のホームページなどを見ると、この作品はロシア革命に関する話で、1921年のクロンシュタットの反乱(ペトログラード西方の軍港都市クロンシュタットで起きた水兵による反政府蜂起)がテーマになっている。

「Eis und Stahl」10月27日土曜日、開演19時半の少し前に劇場に着いた。この日で夏時間も終わりで、その時間は既に陽が落ち、劇場がライトアップされていた。もう冬の訪れを感じさせるほどに風が冷たく、劇場の外には人の姿はあまりなく、多くの人が既に劇場内に入っているようだった。

中に入ると、この日は普段よりも正装率が高いように感じられた。「ドイツ初演のオペラ」ということで、それだけ期待が高いのかも知れない。客席を見回してみると、ほぼ満席のようである。自分の席を見つけて席に着いた。この劇場はいつもほぼ時間通りに開演されるが、この日もその例に漏れることなく、19時半過ぎに天井シャンデリアの照明が落ち、開演を知らせた。

指揮者がオケピットに姿を現したのだろう。自分の座っているところからは見えないが、拍手がなり始めた。指揮はヴィル・フンブルク。彼はドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」が発表する「2007年の(最優秀)指揮者」にノミネートされている。どちらかといえば現代物を得意としている指揮者のよう。拍手が鳴りやんで一呼吸あってから、演奏が始まった。

作品を初めて聴いた印象としては、ブリテン(1913-1976)の「ビリー・バッド」(1951/60年作)を初めて聴いたときに感じたようなものを受けた。一つのテーマが繰り返され、それが心地良い。音楽的にはシェーンベルク(1874-1951)の「モーゼとアロン」(1928-1932年作)に似ているが、オーケストラの編成はそれほど大きくない。

公演初日の配役表とチケットところでこの「氷と鋼鉄」は4幕、約1時間半の作品で途中休憩はない。観る前はそれだけの時間、舞台に集中できるか少し不安もあったが、想像以上に充実した時間だった。

そしてロシア語上演でドイツ語字幕だったが、実際は舞台の方に集中していなければ展開が分からないので、字幕を見ることはほとんどなかった。それだけ舞台が動いている印象を受けた。その演出が全く飽きさせない。小道具を使って空間を上手く表現したり、光も効果的に使われている。演出が音楽やその作品の持つ世界観を上手く表現している。

また緊張感が劇場を包み込んでいた。音楽は拍子が何度も替わるなど非常に難しい音楽だったが、合唱やオーケストラは音に置いて行かれることなく、そして単に勢いだけでもなく、自分の足で歩いているといった演奏だった。しかしそこに緊張感が伴い、それが客席にも伝わる。そしてそれが熱気のような空気になる。

演奏が終わって、空気が深呼吸をする間もなく、大きな「ブラヴォー」が飛んだ。それに続いて拍手が続く。カーテンコールには演奏者だけでなく、演出家なども舞台上に姿を現し、大きな拍手を受けていた。ザールラント州は財政難から文化費を削減しようとする動きがあるが、こういった公演が何度も続けばそういった話も出なくなるだろう。文化や芸術があるところに人は育つ。そしてそこに、「らしさ」や誇りが出来れば、より自分の街に対する気持ちも強くなるだろう。街が人を作っていくのと同時に人が街を作っていく。ロシア革命をテーマにしたオペラ「氷と鋼鉄」を観て、そんなことが感じられた。

 


後日追記

ところでこの上演に関して一つ問題がある。合唱からも多くの人がソロを歌い、そしてまたドイツ初演と言うことで、彼らの代わりに、この作品を歌える人がいないということである。一般的な作品の場合は、例えば合唱の人が風邪で休んだりすると、シュトゥットガルトなど別の劇場から、その歌を歌ったことのある人が応援として駆けつける。しかしこの「氷と鋼鉄」では、そのようにいかない。代わりがいないので、出演者が病気になると上演できなくなる。そして大成功のプレミエ公演の次の公演は、病人が出て当日、中止が発表された。残念。

後日談

2日目公演は中止になったが、その後の公演でも歌手が病気などで歌えない場合、その歌手はマイクを使うことによって公演を乗り切っていた。しかしマイクの音量は上手く調整され、言われなければ気がつかないほどだった。

更に後日談

全7公演のうち、4公演を観ることが出来た。何度か耳にしているとメロディを覚えてきたり、作品に対する理解度が変わってくる。それだけでなく最初に感じた印象も変わってくる。何よりこのオペラが非常にドラマ性を持った作品だと気付いたときには、自分の気持ちを揺さぶるものさえ感じられた。

ところでその最終公演はザールラント放送によって中継された。ドイツ全土だけでなくヨーロッパ10カ国以上に生放送となった。同時に録画もされ、将来的にはDVDとして発売されるという。当日の公演は放送の関係でいつもより30分遅く20時からの開演となった。しかし放送のことが予め伝えられていたわけではないので、多くの人は19時半開演のつもりで劇場を訪れていた。

19時半からは、あらすじの説明が劇場オペラ部門責任者によってなされ、19時45分からは公開オーケストラ稽古となった。これはおそらく観客が入ったときのマイクの調整を兼ねているのだろう。そして20時5分に開演となったが、幕が開いてから実際に始まるまでに、かなりの時間があった。普通は直ぐに始まるが、この日は放送に合わせているのだろう、1分以上の沈黙が続いた。この日の公演は、演奏する人だけでなく、観客の方に緊張感があった。いつもより空気の密度が濃いように感じられる。しかしいずれにしてもこの日の公演も大成功で、カーテンコールも長いものだった。

追記(2008年10月)

今年2008年10月に、ドイツのオペラ専門誌「Opernwelt」において昨シーズン、つまり2007/08シーズンの評価等が発表された。その中の「演目の再発見」というカテゴリーで、ザールラント州立劇場の「Eis und Stahl」がノミネートされ、また同作品の演出が「年間最優秀演出」に、そして合唱が「年間最優秀合唱」にノミネートされた。それらの名前を目にすると一年前の公演が思い起こされるが、同時に既に懐かしくもある。

更に追記(2008年11月)

DVD今年2008年秋に、昨年収録された「氷と鋼鉄」がDVDとして発売された。上記の「更に後日談」で書いているものである。他の劇場で経験したものではDVD録画に例えば6公演中全公演を録画していたりしたが、この「氷と鋼鉄」は急に決まったのか、最終公演日を録っただけで、そのままが録られている。

早速観てみると、やはり劇場で味わったような緊張感はない。そして演奏のミスなどもそのまま収録されている。ただ気になった箇所があった。最終幕の一番最後、ここはオーケストラの演奏ではなくて、それを録音したものがスピーカーから流される。劇場でそれを観ていると最初は気付かずに、音量が徐々に小さくなってきたところで、「この最後の箇所が録音」だと言うことに気が付く(それを知ってから観ると、直ぐに分かる)。

このDVDにもその箇所が収録されており、生演奏から録音になったところもそのまま収録されている。その箇所が、DVDで観ると非常に長く感じられ、その上、録音演奏も時々伸びたテープにようになっているところがある。劇場ではそのように感じたことはなかった。もしかすると録音時の影響かも知れない。ただいずれにしても自分が実際に聴いた作品が、こういう形で発表されるのは嬉しいものである。


配役

Eis und Stahl

Text von Boris Lawrenjow, Musik von Wladimir Deschewow

Musikalische Leitung: Will Humburg
Inszenierung: Immo Karaman
Choreografie: Fabian Posca
Bühnenbild: Johann Jörg
Kostüme: Nicola Reichert  

Oxana Arkaeva, Crenguta Aukle, Barbara Brücker, Franziska Erdmann, Naira Glountchadze, Elena Kochukuva, Maria Pawlus, Barbara Solga, Anna Toneeva (Musya) - Alto Betz, Johannes Bisenius, Rupprecht Braun, Elmar Böhler, Kwan-Seok Chae, Dae-Seok Choi, Otto Daubner, Algirdas Drevinskas, Antoniy Ganev, Harald Häusle, Jung-Woo Kim, Markus Jaursch, Dong-Hoon Kim, Frank Kleber, Chang-Kyn Lim, Vladimir Makarov, Hiroshi Matsui, Manfred Rammel, Stefan Röttig, Hayato Shimakage, Patrick Simper, Jevgnij Taruntsov, Terence Vanden Berg, Vadim Volkov


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